鍛冶屋のつれづれ書きへ

          平成22年岩壺神社秋祭り

    宵宮
 10月16日土曜日は今年の岩壺神社宵宮の日で、芝町区長として秋祭りの始まりです。8月から他町との会合から芝町の町内の準備を重ね、
10月4日の蔵開きから屋台保存会で
屋台の準備が始まりました。町の三役は法被やメガホンの確認に警備係や準備をする世話役を頼みに行きます。
祭までにいろんな仕事がありましたが祭の当日を迎える事が出来ました。

    

           出立ち式で私の挨拶                      鏡割り

町の三役は6時に公民館に集まり婦人部は接待のおにぎりための炊飯の準備です。私はゴミの整理をしたり出立ち式の準備です。8時頃になると
公民館前には法被姿の人が集まって来ます
、今日はいい天気の祭り日和です。接待をする世話係長が来ると打ち合わせをし、交通整理をする係りの警備係
が来ると連絡事項の話をしたり仕事が多い。8時半から宵宮の芝町屋台の
出立ち式を行いました。福寄副区長の司会で始まり今光教三木教会長の片島様の
お祓い、区長の私と安福保存会会長の挨拶の後鏡割りをして三宅宮総代の乾杯で式は終わりました。

    

        稲見酒造本宅前の芝町屋台                私の家の前の芝町屋台     

その後屋台を舁いて湯の山街道を大塚の方へ上ります、晴天の青空の下水引きや提灯が金色に輝きながらゆっくりと進みます。私の家のすぐ上の大塚町
との境から引き返し公民館へ、
ここで屋台を台車に載せて芝町町内を周ります。グループホームあけぼのの前に来ると入所しているお年寄りを屋台の前で記念
撮影をします。ここのお年寄りは屋台が来るのを
楽しみにしてくれています。町内を周った後公民館前に帰りおにぎりで昼食にします、このおにぎりは芝町の
老人会と婦人部が作ったものです。

    

        グループホームあけぼのの入居者と一緒に          平山町を舁いて下る  

12時前になると湯の山街道を下りて来る大塚の屋台を不断坂へ迎えに行きます。公民館へ帰って来るとここから舁いて、六ケ町の屋台の出立ち式の行われる
山理前へ行きます。
県道を渡り平山町をゆっくりと下ります、大手町の屋台も舁いて迎えに来て一緒に山理前へ行き交差点で向かう様に止まります。

しばらくしてから屋台年番大手町の司会で、岩壺神社奉納屋台巡行の出立ち式が始まりました。

    

            六ケ町屋台出立ち式鏡割り                 私の乾杯の挨拶

屋台年番大手町松田区長の挨拶の後鏡割りをした後宮年番芝町区長の私が乾杯の音頭を取りました。その後大手青年の祇園囃子で盛り上がります。出立ち式の
後岩宮町屋台を先頭に
湯の山街道を東へ上がります。芝町公民館前から芝町屋台は舁いて町内を上ります、今年から舁き棒を檜の新しい物に変え舁き手も多く
悠然と進みます。
不断坂を上がり大塚町内に入ると大塚屋台も舁き始めました。

    

          塚町を行く大塚屋台                    大塚町を行く芝町屋台    

2台の屋台が舁いて大塚町を行きます、戎神社前では「差した、差した」と屋台を差し上げます。そのまま落とす事なく県道を渡り神電恵比須駅前に着く。
ここで休憩です。
6台の屋台が巡行してきましたが例年どうりここから宿原の屋台が合流します。ここではお酒が出てしばらく休んだ後出発し県道を7台の屋台が
連なって
中央公民館へ進みます。県道を下り大手町の交差点から先頭の岩宮町屋台から舁き始めます。

      

          県道を下る東条町屋台                 中央公民館駐車場での7台練り

県道は車対向線へ屋台が出ない様にしなければなりません。ナメラ商店街入り口へ来ると台車に載せます、そして中央公民館駐車場へここで7台練りをします。

ここで7台の屋台の写真を撮ろうと思っても撮る所がありません。練った後休憩時間ですが屋台運行の時間が遅れているので、お酒やパンの接待は岩宮公民館前
 にする事になり
すぐに屋台は出発します。屋台の運行に関しては保存会がしてくれるの区長は屋台に付いて行くだけです。

屋台を台車に載せてきた道を戻り上の丸駅前から北へ行くと、山理前では宿原の屋台が見送ってくれました。宿原屋台はここから湯の山街道を東へ上がり
 地元へ返ります。
東条町へ入り狭い町の通りを進んだ後岩宮町へ、公民館前でパンとお酒の接待があります。少し休んだ後屋台より先に鳥居前へ行きます。

岩宮町屋台が最初に宮入をする時に宮入り式があるからです。待っていると鳥居前に各町の役員さんが集まって来ます。

    

        宮入り前の境内                        宮入り後の3台練り

5時35分に屋台年番大手町の司会で宮入り式が始まりました。最初に宮年番芝町区長の私が挨拶をした後大手区長の乾杯の音頭で乾杯し、宮司さんがお祓いを
 した後責任総代の
清めの塩振りで式は終わりました。すぐに岩宮町屋台が宮入りをして参道から境内へ舁いて行きます。次の大塚町屋台が宮入の準備をして待って
 いると岩宮町屋台が迎えにきます、
すぐに宮入です。芝町と同じ様にソリに乗せて鳥居を潜ります、参道へ入るとすぐに舁き上げ参道を進んで行きます。

芝町屋台は鳥居前でもう一度杉田責任総代の清めの塩振りを受け待っていると大塚町屋台が迎えに来ます。ソリで参道へ入るとすぐに舁き「差した、差した」と
 差し上げ、
その後ゆっくりと参道を拝殿前の境内へ行きます。拝殿前へ行くと岩宮町が左に大塚町屋台が右に待っていて、その中へ入り3台練りを始めました。
 3台の屋台を「差した、差した」と
差し上げヨイヤサーと叫んで踏ん張ります。しばらくするとまた舁き位置を変えて3台が差し上げて練り
、芝町屋台の宮入が最高潮になりました。

    

しばらく練った後芝町屋台は大手町屋台を鳥居の方へ迎えに行きますが、私は社務所へ入り宵宮祭の準備を手伝いに行きます。もう裏安の舞を踊る芝町の女の子が
 衣装を着て準備をしています。
浦安の舞は宮年番の町の小学6年生が踊る事が出来ます。以前の宵宮は屋台が出て誰もいない時拝殿で踊っていましたが、今年は屋台が
 宮入をした後大勢の人がいる時に
能舞台で踊る事になりました。みんなに見てもらっていい事だと思います。

次々に屋台が宮入をして境内が盛り上がり最後の滑原町屋台が宮入をすると、各町の宮役員さんが社務所に集まって来ます。屋台の出ている町の区長は

法被姿ですが他の人はモーニングの礼服です。7時前になり屋台が止まり祇園囃子は聞こえていますが宵宮祭が始まります。

芝町宮総代の三宅さんの司会で始まり宮年番芝町区長の私の挨拶に続き宮司さんの話の所で太鼓が止まり静かになりました。

    

                        宵宮の浦安の舞

その後出席者は拝殿へ移動し神事に移ります。私と浦安の舞の母親代表は玉串奉奠の後、拝殿から能舞台へ人々の間を浦安の舞の女の子とお母さんを一列に私が先導
 して歩きます。
その時知り合いに人の間に道を開ける事を頼みました。能舞台に着いて準備が出来た後、連絡ミスで私はちょっとバタバタしました。

しばらくすると音楽が鳴り浦安の舞が始まりました。ライトの明かりの夜の浦安の舞は初めてですが雰囲気が変わっていいものです。

浦安の舞が終わるとまた拝殿へ引き返し、そして神事が終わると社務所へ戻ります。まず出席者に私と三宅さんが全員にお神酒を注いでまわり、その後宮司さんの発声
 で乾杯です。
この時に机に並ぶ品は紅白の蒲鉾など決まっているそうです。後は熱燗を酌しながら飲んでいると宮出が始まります。屋台の出ている町の区長さんは屋台の
 方へ社務所を出て行きます。私は社務所の後片付け手伝った後屋台と一緒に鳥居を出ます。

       

芝            町公民館前で大手町屋台と練る

ゆっくりと町へ帰った後公民館前で大手町屋台と練り、大手町屋台が帰った後屋台を屋台蔵へ入れると9時半頃に今日の行事は終わりです。

屋台保存会は舁きに来てくれた人を公民館で接待をしますが、町の三役は帰ります。 

 

    本宮

  18日本宮祭の日も三役は6時に公民館へ婦人部はおにぎり用炊飯の準備、7時前には神社へ行き境内の掃除です。宮年番最後の日宵宮で散らかった境内を町内の
 人も来てもらってゴミを拾います。
露店の食べ物の容器や残りが山の様になっています、参道の横ですからすべて袋に入れ社務所裏に隠します。
 しかし7時50分には今日の出立ち式があり役員は公民館へ帰らなければならず、後は世話係りの人に頼みました。

    

      旧期待酒造本宅前を行く大塚町屋台           出立ち式のある山理前の大手町屋台

8時から屋台蔵の前で本宮祭の出立ち式を行いました。区長・保存会会長の挨拶の後宮総代の乾杯の音頭で乾杯をして出立ち式は終わりました。今日は宮入の後
 町の人や舁いた人を
接待するので準備が大変です。大量のおにぎりを作り昨日炊いた大鍋3杯の関東煮を温めて、宮入り前に神社の休憩場所へ運ばなければなりません。

町の女の人や世話係りがしてくれます、祭は大勢の人の協力で成り立っています。

     

         出立ち式で挨拶をする大手町松田区長            湯の山街道を上がる芝町屋台

出立ち式が終わりしばらくすると大塚町屋台が下りて来ました。一緒に平山町を下り山理前へ、8時55分から屋台の出立ち式が始まります。今日は私の出番は
 ありません。
式の後6台の屋台は湯の山街道を台車で上がります。私は松谷君と一緒に話をしながら芝町屋台の後を付いて行きます。松谷君とは夏にどこか遊びに
 行っているのに今年は行けなかった。

来年は行こうと決めました。大塚町の東の端から南へ県道へ入り西へ下る。台車のまま上の丸駅前から東条町へ巡行した後、岩宮町へ行き岩壺神社前に集まりました。

岩宮町屋台は町内に入ると舁いて鳥居前へ行きます。

    

       本宮の宮入り式で挨拶をする三宅芝町宮総代         鳥居を潜って芝町屋台の宮入り

10時50分なると鳥居前で本宮際の宮入り式が始まります。宮年番芝町宮総代の三宅さんが挨拶の後、大手町区長による乾杯の後宮司さんのお祓いと責任総代さん
 の塩振りで
宮入り式は終わりました。すぐに岩宮町屋台・大塚町屋台が宮入りをした後芝町屋台の宮入です。ソリで押して鳥居を潜った後すぐに屋台を差し上げます。
 その後舁いて参道を行き拝殿前へ、
昨日と同じ様に3台練りが始まります。青空の下で日に映えた屋台は金色に輝ききれいなものです、しかし芝町屋台が一番きれいで
 立派だと見えるのは錯覚だろうか。

             

                             本宮祭芝町屋台の宮入り

芝町屋台が宮入を終わり所定の位置に休んだ後社務所に入り本宮祭の準備です。準備と言っても私はあまりする事がありません、宮年番の仕事は宮総代が中心なって過去の

区長経験者が宮役員として協力しています。本宮祭の準備も芝町の女の人と宮役員さんが頑張っています。待っていると本宮祭の出席者が集まって来ます、

来賓も多く三木市長様や県会国会議員様をはじめ浦安の舞の母子など全員で33名の出席者です。

12時過ぎに本宮祭が始まりました。三宅宮総代の司会で始まり私の挨拶の後拝殿へ移り神事が始まります。しばらくしてから私と浦安の無いのお母さんの代表が、

玉串奉奠をした後昨日と同じ様に一列になって能舞台へ行きます。人をかき分けた後能舞台へ上り舞の始まりを待ちます。少し待っていると浦安の舞が始まると境内放送が
 あり音楽が鳴り始めます。
本舞台に続く廊下に控えていた舞人は、音楽に合わせ本舞台に出て来て本殿に向いて踊り始めます。能舞台の周りには大勢の人が集まり、
この時は祭りの主役という感じです。

    

            本宮浦安の舞                       子供相撲

踊りが終わるとまた拝殿へ戻ります。神事が終わると社務所へ戻り席に着き、宮司さん・責任総代の話の後、来賓各位の言葉がありその後直会になります。三宅さんと
 私は出席者の
乾杯とお酒の酌に忙しい。この頃境内では土俵を作り子供相撲が行われます、この準備や運営も宮年番芝町の子供会が行っていました。社務所の直会も
 順次散会となり後片付けの手伝いです、
 その後芝町の休憩地へ行くともう全て片付けられ掃除もされていました。世話係りの皆様ありがとうございました。

しかしまだ今日の朝集めたゴミを屋台が出た後、明日ゴミを集める業者の来る所へ出さないといけない。夕方5・6人連れて来る事にする。宮出の前の6台練りが始まった。

6台の屋台が一斉に差仕上げると壮観です。6台練りが終わるとまた元の位置に戻り滑原町屋台から宮出が始まります。境内を練った後次々に宮を出て行き大手町屋台の
 あと芝町の宮出です。
大塚町屋台と練った後棒合わせをしましたが、今年はあまり合っていませんでした。2台の屋台が棒を合わせて同時に屋台を上下するとそれは
見事なものです。周りから拍手が起きたものです。

    

            宮出の溶きの6台練り                     邑智町屋台と棒合わせ

6台の屋台が宮を出ると4時頃に宮出式です。大手町区長・芝町宮総代の挨拶の後、来年の屋台年番滑原町五百蔵区長の挨拶で終わりました。後は各町屋台は台車に載せて
 それぞれの町へ帰ります、
しかし祭はこれで終わりではありません。芝町屋台はゆっくりと町へ帰ると、枝道へ入って行き祭りの終わりを告げます。

1軒家の前でビールの接待があり話をしながら永く休みました。ここで発電機を入れて夜の準備をします。

             

              本宮祭の宮出式屋台年番大手町区長の挨拶

ここで会計の荒瀬さんが「区長もうゴミ出しといたで」と、世話係りの人と一緒に社務所の裏から出してくたそうです、助かりました。東条町とのお別れ式の所へ行くと
 東条町区長さんが
いてお別れ式の挨拶をしました。しばらくすると2台の屋台が集まり青年団の乾杯の後、屋台練を始めました。しばらく舁いて練った後台車で芝町公民館前
 へ帰ります。

ここでお昼の関東煮の残りとおにぎりで元気をつけ、大塚町とのお別れ式へ台車で湯の山街道を上がります。歩いて行くと大塚町区長の津田さんと一緒になり後を付いて
 行くと戎神社前へ。
ここで両青年団が乾杯の後屋台を舁き上げ練り始めました。両区長とも用事はありません。

    

       東条町屋台とお別れ式                    祭が終わり屋台蔵へ納める

しばらくその場で練った後ゆっくりと西へ動き始めます、屋台の後を付いて行くといつの間にか芝町屋台は台車でもう離れていました。津田さんに挨拶の後芝町屋台を
 追います。
公民館へ帰ると一応祭の終わりの挨拶をしました。あと保存会が舁いて芝町を往復しますが。三役は公民館の片付けなどして屋台が帰るのを待ちます。
9時半頃に屋台が帰って来て屋台蔵に入りました。

これで祭の終わりです。区長として祭の行事が順調に終わり、もうほっとしました。大勢の人に助けてもらったおかげです、ありがとうございました。