鍛冶屋のつれづれ書きへ

平成20年岩壺神社奉納芝町屋台巡行記  10月18・19日

     宵宮
 今年も岩壺神社秋祭りの季節になりました。芝町では9月の中頃から準備を始め、10月6日に本格的な準備のための蔵開きが行われました。

そして7日には町内へ入る入り口に近い所に、御神燈と書かれた提燈が6個入った木の枠を上げました。

町と屋台保存会が祭りの準備と屋台の整備にあたり、子供会は太鼓の叩く練習です。これから毎晩太鼓の練習の音が聞こえます。

 

    芝町屋台出立ち式                      初舁きで町内往復

10月18日屋台の出る日です。太鼓蔵は湯の山街道の県道からの芝町の入り口にあります。快晴の祭り日和になり8時半前に太鼓蔵の前へ

行くともう大勢の芝町の法被姿の人が集まっていました。今年の私の役割は太鼓係長であまり仕事はなく太鼓に付いて行くだけと思っていたら、

屋台係りに動ける人が少なく屋台係りと太鼓係りが一緒に台車の管理をする事になってしまった。

これは芝町が小さい町なので人が少なく若い人は舁き手に振り向けるためです。早速2・3人に声をかけて頼みました。

  

     高欄掛宇治川先陣争い畠山重忠                 佐々木高綱

9時から芝町屋台の出立ち式です、屋台の入った屋台蔵の前で大原副区長の司会で始まりました。竹川区長・安福保存会会長の挨拶の後

金光教会岩谷さんの屋台安全運行祈願神事があり、その後鏡割り・行平会計の乾杯で式は終わりました。その後屋台を蔵から出しまず湯の山街道を

上がり大塚町の境の不断坂まで往復します。屋台は朝日に映えて金色に輝いて大きく美しく見事なものです。

  

        提灯 四神の青龍                         四神の玄武 

芝町屋台の狭間の彫刻は太閤記を題材に蜂須賀小六との出会い・富士川の戦い・清洲城修復・佐久間玄蕃の太閤本陣束込みの4場面を現しています。

古いながらも人物の表情も生き生きと立体感のある素晴らしい彫り物です。

作者は明治の頃姫路にいた柳という掘り師の系統の誰かだと思われますが誰だか分かりません。

  

     狭間 太閤記の清洲城修復                 太閤記の岡崎橋での蜂須賀小六との出会い

水引き幕は「安芸宮島弁財天が真体を現し清盛が威勢をくじく」の題材に屋台の4面に龍や人物や弁才天を刺繍した華やかなものです。

高欄掛は宇治川の先陣争いを題材に佐々木高綱・畠山重忠・梶原景季・大彌太行親の姿が4面を飾ります。昼提灯はどこの屋台も同じ図柄ですが

芝町屋台は青龍・白虎。朱雀・玄武の四神を表現しています。

 不断坂から屋台蔵へ帰って来ると芝町町内を一巡するため台車に乗せて出発します。その時芝町子供会の法被を着た子ども達が

「アヨイヤサー・アヨイヤサー」と声をかけながら台車のロープを引きます。子供たちも祭りを元気に楽しんでいます。

ゆっくり町内を回って来ると屋台蔵の前に屋台を置いて休憩です。私は少しそこにいた後昼食に家へ帰りました。

  

    町内一巡子供会がロープを引きます                芝町を行く大塚町屋台 

昼食の後屋台の所へ行きみんなと雑談をしていると東の方から太鼓の音が聞こえてきました。大塚町の屋台です、岩壺神社宵宮の屋台巡行の

出発地の山理前へ行くためです。芝町屋台は台車のまま迎えに行きます。ベーカリー日月クラブの前へ行くとその先で大塚の屋台は舁き始めました。

大塚屋台も芝町と同じ位大きく素晴らしい屋台で、ピンクのハチマキをして気合が入っています。一緒に屋台蔵前へ行くと今度は芝町が舁(か)きます。

県道を渡り平山町へ太鼓とアヨイヤサーの掛け声を響かせゆっくりと進みます。晴れ渡った青空にきれいなものだ。

   

       平山町本長寺                      山理前での6屋台の出立ち式

そのまま緩やかな坂を下り湯の山街道と東条道の交差点である山理前へ行き南側に屋台を止めます。待っていると続々屋台が集まって来ます。

岩宮町・大塚町・芝町・大手町・東条町・滑原町の六町の屋台が岩壺神社に宮入をします。ここで少しお酒の接待があった後、屋台年番の大塚町の挨拶で

出立ち式が始まります。最後大塚青年団の「タケニナーアアア、スズウメエハアーヨイヨイ」の祇園囃子が全員の大合唱になり出立ち式は終わります。

   

     芝町の通り旧湯の山街道                  芝町にある築百年の古民家のパン屋さん日月くらぶ  

岩宮町の屋台を先頭に6台が連なり湯の山街道を東へ上がります。芝町の屋台蔵前に着くと芝町屋台は舁き始めます。今日は舁き手が少ないので

私も後側の舁き棒に付きました。「アヨイヤサー・アヨイヤサー」とゆっくり芝町を進み私の家の前の不断坂にかかります。屋台の急坂の上りは亀の歩みの如く

のろのろと、重くて舁き棒が下ってくると声を合わせて一気に上げます。坂を上がり大塚町へ入ると祇園囃子で進みまた、舁き棒が下ってくると

後ろの棒端(ぼうばな)が交代したのだろうすっと軽くなる。舁き棒が上がって舁き手の腰が伸びみんなの肩が入れば軽く感じるものなのだが、永くは続かない。

 大塚町を舁いて行き戎神社手前で一旦屋台を下ろす、ここで舁き棒から離れました。大塚町も地元ですから舁いています。

そのまま舁いて行き県道を渡り神戸電鉄恵比寿駅前へそこでまた休憩です。そこには宿原の屋台が来ていました、初めて見る屋台です。

一緒に公民館横の広場へ行くのかな。しばらく休んだ後出発してまた一列になり祇園囃子で県道を下る。

    

      恵比須駅前で宿原屋台              今年の天狗は大塚町です

大手町の交差点からは全屋台が舁いて神鉄のガード手前まで行きます。その後台車で中央公民館横の広場に入ります、

全屋台が揃うと屋台年番の大塚町役員の指示で一斉にその場で上下に練り始めます。私はその写真を撮ろうと高い所を探して

西の二階の手摺の上に上がって写真を撮りました。宿原の屋台も天部を舁き棒の上に乗せて練っています。

周りは見物人でいっぱいです。7台練りが終わると軽食が出ます、もう三時もまわりお腹が空く頃でいい休憩です。

  

    中央公民館横で7台練り                宿原屋台は天狗が屋台に乗っています

少し休んでいるともう先頭の屋台が出発します、宿原の屋台とはここで別れました。後は岩壺神社へ向かいます。道を引き返し神鉄上の丸駅前
から北へ東条町へ入り狭い
東条道を進みます。ここを東条町の屋台は舁いて行きます、屋台の屋根が通りの瓦に当たりそうでかなり難しい。その後
岩宮町へ入り公民館前で休みます。ここで芝町屋台は
発電機を載せてライトアップをして宮入の準備をします。休んでいると岩宮町の屋台は台車から
下ろし舁いて神社の鳥居前へ行きました。

  

         宮入の参道を行く芝町屋台                 拝殿前で3台練り

後を付いて行き5時半頃から宮入が始まります。芝町屋台も台車から下ろし去年と同じ民家の庭に台車の置き場を頼みました。宮入が始まりました、
神事の後最初に岩宮町の
屋台が鳥居をくぐり、ヨイヤサーの声で暗くなった参道を拝殿前へ進みます。次は大塚町が続いて宮入りした後、芝町屋台が
鳥居前で神事のあと大塚町が迎えに来るのを待ちます。
大塚町が迎えに来るとソリを履いた芝町屋台は押して鳥居をくぐり参道へ入る。そしてすぐに
屋台を舁き上げ大塚町に続いて参道を進みます。

 暗い参道に明るく浮き上がった芝町屋台は布団屋根の赤と飾り物の金色が輝き見事なものです。

 私も交代で舁きに入りました。拝殿前で岩宮屋台と大塚屋台の間に芝町屋台が入り3台練りです。頃が来ると「差した、差した」の声で舁き棒を両手を
伸ばした状態まで屋台を
差し上げます。そのままヨイヤサーと3台が練る、これを場所を入れ替わりながら3回繰り返し練った後、芝町屋台は大手町屋台を
迎えに鳥居へ行きます。大手町の屋台を連れて
拝殿前へ行くとまた芝町・大手町・大塚町の屋台で3台練りです。参道横から境内には大勢の見物人がいて
賑やかな宵宮です。舁き終わると境内南の所定の場所に屋台を下ろします。

あとは東条町・滑原町の屋台が次々に宮入してしばらく休憩します。

   

        休んでいる時光り輝く飾りもの              宮出の差した差した   

7時半頃から宮出が始まります。出る時は滑原町屋台が最初で東条町屋台・大手町屋台と続きます。その後芝町屋台も動き出し夜になった拝殿前広場で、
練り始めその後
大塚町も加わります。今度も交代で舁きました、大手町を鳥居へ送りに行く時祇園囃子になると太鼓の拍子が変わり「タケニナアアア、
スズウメエワアーヨイヨイ」と。
舁いていて屋台が軽く感じる時祇園囃子はいいものですが、屋台が重い時祇園囃子では舁けません。芝町屋台も宮出をした後
台車に乗せて芝町へ帰ります。
帰ってから芝町公民館前で大手町屋台と練り合わせをして宵宮は終わりました。


     �本宮

  

    集合地の山理前へ舁いて行きます            稲見酒造本宅前で6台の屋台巡行の先頭を天狗が歩きます

本宮の日の朝、昨日舁いた影響か右腰が痛い、もう歳だと分かっているのに。8時半の集合時間に太鼓蔵前に行くと大塚町の屋台が下りて来ました。県道を
渡った後平山町を
舁いて行きますが、その時青年団の指揮者に「山本さん舁いて」といわれましたが今日は無理な感じだ。昨日と同じように山理前へ行き6屋台
の巡行が始まります。今日は
宮入りまで各屋台台車での市内巡行で、岩宮町屋台を先頭に昨日と同じ様に湯の山街道を上がります。一番前には天狗が歩きます、
今年は屋台年番の大塚町の人がなっています。
町から大塚町へ県道から西へ下る、ここの屋台の連なる風景はいいのだが逆光でうまく写真が撮れない。大手町から
東条町を通り岩宮公民館前へ、この頃になると芝町屋台の
周りには芝町の法被を着た人が大勢集まってきた。

     

湯の山街道を上がる芝町屋台                 東条町青年団長経験者の家の前にある額

しばらく休んだ後宮入のため鳥居前へ移動すると、鳥居前も参道横も拝殿前広場も人でいっぱいです。11時半頃岩宮町屋台から宮入が始まりました。
次の大塚町屋台も
境内へ入った後芝町屋台は鳥居前へ、泥台の下にソリを履かせ神主さんのお祓いの後、大塚町屋台が迎えに来るのを待ちます。迎えに来ると
青年団の指揮者の「ウッテクレー」
の声で屋台を押して鳥居の中へ入ります。見物人は参道の一段高い所にいて、屋台が一気に14・5m滑って入るのを見て
「ウオー」と声が上がります。傍にいるとすごい迫力です。
参道へ入ると舁き上げヨイヤサーと拝殿前へ進みます。拝殿前ではまた岩宮町・芝町・大塚町の屋台
で3台練りが始まり、私は屋台の間をあっちこっちに写真を撮ります。

    

江戸・明治時代に芝町青年が寄進した手水鉢          宮入の参道を行く大手町屋台

今日はどこの屋台も人が多くフラフラせずしっかりと舁いています。3台練りがすむと芝町屋台は大手町屋台を迎えに祇園囃子で鳥居へ向かいます。
こんな時祇園囃子で
舁くのはいいものだ。大手町屋台と拝殿前へ行くとまた芝町・大手町・大塚町屋台の3台練りが始まり、太鼓とヨイヤサーの喧騒の
世界で祭りも最高潮になりました。

 永く舁き続け所定の場所に芝町屋台をウマで支えて休ませました。青年団は屋台の周りで祇園囃子とヨイヤサーで楽しんでいますが、私達年寄は林の
休憩場所で祭りでおまけの
楽しい時間を過ごします。おでんとおにぎりとお酒の接待があり、町の役員さんと老人会にお世話になっています。最後の
滑原町の屋台が宮入りがすんだ後、
しばらくすると太鼓の音も無く人のざわめきだけの祭りの中休みになります。

   

       東条町屋台の宮入                     

しばらくお酒と話で楽しんだ後、雅楽の音が聞こえてきて拝殿向いの能舞台で浦安の舞が始まりました。今年は宮年番の岩宮町の6年生の女の子が踊っています、
後には
お母さん達が晴れ着で控えています。親子とも晴れの舞台でいいものです。踊りが終わると子供相撲が始まり、土俵の周りは人だかりで各自自分の町の子を
応援しています。
芝町は子供の数が少ないのか団体戦に出られず残念です。辺りをウロウロした後ここから東へ、美嚢川へ下りる所へ行ったが枯れ木が重なり歩く事
が出来ない。
 子供の頃夏に泳ぎに来た所です。岩宮町の人の所へ行ってある人に川への下りる道を聞いたが、この辺りから下りる所は無いという。少し東から
下りる所があるというので
行ってみましたが、水路が渡れなくて行く事が出来ない。諦めました。

   

     岩宮町6年生女子による浦安の舞                子供相撲大会

宮出の時間の前、全屋台による6台練りが始まりました。6台の「差した、差した」はきれいだな、途中芝町屋台と大塚町屋台で棒合わせが始まりました。
外側の舁き棒と
舁き棒を合わせてその場で練るのですが、同じ様なリズムで上下すればそれは見事なものです。今年は舁き手の元気が良すぎたのか、あまり
合っていませんでした。6台練りが
終わると各屋台は元の位置に戻り宮出が始まります。滑原町屋台から境内でしばらく練った後東条町屋台も動き出し、
その後大手町屋台も舁き始め境内は賑やかになります。

   

      宮出の差した、差した                      芝町屋台と大塚町屋台の棒合わせ

滑原町屋台が宮から出ると芝町屋台が舁き始め東条町屋台・大手町屋台と境内で練り始めました。東条町屋台が宮を出ると大塚町屋台が練りに加わり、岩宮神社の
祭りも
クライマックスになります。大手町を送り出した後また大塚町屋台と棒合わせで練り合わせです。その後芝町屋台も宮を出て道路で休みます。順次大塚町・
岩宮町と屋台が
鳥居を出て宮出が終わりました。最後に鳥居下で今年の屋台年番大塚町役員さんの挨拶の後、来年の屋台年番である芝町の竹川区長が挨拶をして

宮出の行事も終わり各屋台は各町へ帰ります。

   

      東条町屋台とお別れの練り                大塚町とお別れの練り 

芝町屋台も台車に載せてゆっくりと帰ります。町内に入り屋台の入れる道は入って隅々までまわります。ゆっくりと休みながら町内を回った後、暗くなってから
ダイソー横
で東条町屋台と会いお別れの練り合わせをしました。その後公民館前へ帰り休憩です。しばらく休んだ後屋台を台車に載せて湯の山街道を上がります。
大塚町とお別れの
練り合わせをするためです。戎神社の手前の道路の少し広い所で二つの屋台は舁いて練り合わせを始めました。祭りの夜はふけて行き最後の
練り合わせが終わると芝町へ帰り
屋台蔵に屋台を納めました。今年の屋台巡行も天気が良く事故も無くけが人も無くいい祭りが出来ました。
しかし腰の痛みが2・3日続きました。